激動の農薬・種苗業界再編2016 モンサントの今後の戦略とは
農薬・種苗業界の大手企業の相次ぐM&Aを思い返すと、今年の世界農業は激動の1年だったと言ってもいいかもしれない。
昨年末のダウ・ケミカルとデュポンの経営統合に始まり、2月には中国企業のChemChinaがスイスのシンジェンタを買収。これは中国企業史上最大の買収だった。化学肥料業界でもアグリウムとポタシュという2大企業が合併した。
そして遺伝子組み換え種子(GM種子)業界の世界トップ企業であるモンサントがドイツのバイエルに買収されたのは記憶に新しい。その規模は660億ドルにのぼる。
既に世界のGMOの90%を生産しているモンサント。今回のM&Aが今後の世界の食料にどのような影響を及ぼすのだろうか。そして、今後のモンサントの戦略とはどんなものなのだろうか。
環境破壊企業と呼ばれるモンサント
モンサントと言われると、環境破壊企業というイメージを持つ方が多いだろう。実際にモンサントは、現地アメリカで非常に評判の悪い企業で、全米ワースト企業に輝いた経験もあるほどだ。
過去にはベトナム戦争で用いられた枯葉剤を開発し、ベトナム国内では出産異常が増加。冷却材に用いられるポリ塩化ビフェニル(PCB)の環境被害は大きな問題となった。1970年代に販売を開始したラウンドアップという強力な除草剤は日本でも販売されており、このラウンドアップの有効成分グリフォサートに耐性のあるGM種子とセット販売して成長してきた。GM種子を1996年に世界で初めて販売したのもモンサントだ。
モンサントは2015年、種子の販売事業と他社へのライセンス料で100億ドルの収益を上げている。モンサントはGM種子について多くの特許を持っていることが強みなのだ。
GMOマーケットの成長は頭打ち?
そもそも、今年この業界でこれだけのM&Aが行われた背景として、穀物価格の低迷という点が大きい。GM作物の耕作面積は世界全体で2015年には179.7百万ヘクタールで、2014年の181.5百万ヘクタールからは減少している。これはGM作物への拒絶や抵抗があったのではなく、供給過剰な穀物の生産量を調整していると考えてよい。
こうした背景もあり、モンサントの種子売り上げは2012年を境に横ばいとなっている。こうした状況を受け、「GM種子マーケットの成長は頭打ちなのではないか?」という見方も多い。
たしかに短期的に見れば成長は伸び悩んでいるが、長期的に見れば大きく成長すると思われる。穀物価格が回復すれば耕作面積は増加傾向になるとの見方が多い。長期的には増加する食料需要に伴って穀物生産量は増やしていかなければならず、GM種子を販売する企業がキープレイヤーになることは間違いない。ただ、2017年はまだ穀物価格は低迷したままなのではないかという声が多い。
バイエル・モンサントの今後の戦略
モンサントは今回のM&Aで得たキャッシュで、GM作物の栽培が認められている国での販売を今後強化していくだろう。北米以外の地域、特にアジアやラテンアメリカといった地域は飽和しているとは言えず、販売強化の対象となる。アジアではインド、パキスタン、バングラディッシュ、中国、フィリピン、ミャンマー、ベトナムがGM作物の栽培を認めている。
またGM種子については莫大な開発コストがかかることが特徴的で、新たな作物のGM種子開発も強化していくだろう。現在モンサントは商業的にはまだ販売されていない小麦とコメに力を入れている。この2つの作物のGM種子がグローバルに販売されれば、そのインパクトは非常に大きいものになるにちがいない。特に小麦は、現在、世界全体での生産量が頭打ちになってしまっており、今後増大する食料需要に対応していくために重要なポイントになる。
GMOのポートフォリオ開発に関しては新たな作物を開拓するだけでなく、新たな機能を組み込むといった開発もある。これまでの害虫耐性(Btトキシン)や除草剤耐性(グリフォサート耐性)に加えて、干ばつの耐性や塩害の耐性といった性質を組み込むことに力を入れているようだ。2015年から2016年にかけては世界各地で異常気象が見られ、アジアではベトナムで90年に一度の大干ばつが発生し、コメ生産に大きな打撃を与えた。今後も気候変動は続いていくと見られ、こうしたニーズに応えるGM作物を今後も開発していくだろう。
それに加えてモンサントがもう一つ注力していくもの、それは「オーガニック」である。
現在アメリカでは健康志向や食品安全への関心の高まりから、オーガニックマーケットは年々拡大しており、日本円にして年間4兆円の規模になるという。モンサントはここに新たな戦略を見出している。
現在アメリカ国内のレタス種子の55%、トマト種子の75%、胡椒の種子の85%はモンサントが販売している。これらはGMOではない。通常の品種改良で開発された種子である。2008年には、当時アメリカ最大の種子会社のセミニスを買収している。
モンサント、そして買収したバイエルの持つグローバルな販売網と独自の技術力を生かして、GM種子を禁止しているマーケットへも通常のF1種子を販売していくだろう。もちろんGMOを完全に禁止している日本もターゲットのマーケットであることは十分考えられる。日本は生産額で世界第9位の立派な農業生産国であり、そしてアメリカ同様に食への関心は年々高まってきているからだ。
モンサントを買収したバイエルは日本で言うスマート農業、つまりAgTech領域への投資を進めており、情報科学の農業への応用も手がけていくようだ。今年バイエルは、AgTechスタートアップに投資するファンドをイスラエルに設立している。
バイエルの最高経営責任者ワーナー・バウマン氏は、モンサントの買収を発表する際、「農業のグローバルリーダーになる」と話しているが、今後の彼らの戦略はまさにその言葉通りである。これからの彼らの戦略のキーワードは「GMO・オーガニック・AgTech」なのである。
今後の世界のGMOと食料
今年1年間の業界再編で、GMOの市場はバイエル・モンサント、シンジェンタ、ダウ・ケミカルとデュポンの3つに寡占されることとなった。
これを受けてアメリカの農家が懸念しているのが、種子の価格の高騰だ。GM種子は通常の種子と比較して価格はそもそも高いのだが、それは農薬使用量の減少や、雑草や害虫によるダメージの減少、収量増加などの要素によって価格には見合っている。とはいえ大豆やトウモロコシのGM種子は、販売が開始された当時と比較して現在は300%以上の価格まで高騰しており、困窮している農家も多いのが現状だ。GM種子が販売されている途上国は特に今回のM&Aの影響を大きく受ける可能性もある。
今年、GMOと言えばこんな話題もあった。
例えばフィリピンの国際イネ研究所(IRRI)が開発を手がけているゴールデンライスは、途上国の子どもがビタミンA欠乏による失明を防ぐため、コメにビタミンAが多く含まれるように遺伝子を操作した作物だ。今年6月には、ゴールデンライスをはじめとしたGMOに対して過激に抗議を続けてきた国際NGOグリーンピースに対し、ノーベル賞受賞者100人以上が非科学的な脱GMOキャンペーンはやめるべきとの書簡に署名をしたことが話題となった。
世界の9割のGMOをモンサントが販売しており、そして多くの特許を持っていることから、GMOがどうしても白い目で見られてしまっているのが現状であるような気がする。過去にはハワイのパパイヤが疫病により全滅する危機に陥り、その疫病耐性を持ったGMOのパパイヤがハワイの産業を救ったということもある。
現在、バナナのキャベンディッシュ種(日本人のほとんどはこの品種を食しているだろう)に対し疫病が蔓延しており、これを避ける技術もまだ開発されていない。こうしたものについても、今後疫病耐性を持ったGMOが開発されていくかもしれない。
日本ではGMOの栽培を完全に禁止していることもあり、国内のGMOに対する印象は良いとは言えない。しかし、GMOだからと言って全てを丸ごと悪者にするのは拙速な判断のように思える。
GMOというものが数社の手に握られるのは非常に恐ろしいことであるが、GMOが将来の食料需要増加に応えるために必要であることもまた事実なのである。あなたはどう考えるだろうか。
(参考)
https://www.ft.com/content/09c49df0-aa89-11e6-9cb3-bb8207902122
https://christiantruther.com/environment/health-disease/agri-giant-bayer-monsanto/
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_zyukyu_doko_m/pdf/syokuryo_jyukyu_1503no2.pdf
http://modernfarmer.com/2016/10/monsanto-bayer-merger-2/