【現地取材】タイ国内のオーガニックブーム
タイの首都バンコクのスーパーを訪れると、生鮮野菜の売り場面積がやや広く感じるような気がする。これだけの量は供給過剰にはならないのだろうかと、疑問さえ浮かんでくる。
確かにそれもあるかもしれないが、理由はどうやらそれだけではなさそうだ。大抵のお店に「オーガニック(有機栽培)野菜コーナー」と「水耕栽培コーナー」が用意されており、他の農作物と区別されて販売されているため、生鮮野菜コーナー自体が広く感じるのだろう。とにかくオーガニックの文字が乱立しており、野菜を手に取る客はその文字を気にしている人が多いようにも感じた。一体なぜ?
オーガニック野菜として販売されている物は多岐に渡る。トマト、白菜、キャベツ、ビーマン、レタス、ハーブ、ルッコラ、ベビーコーンなど。オーガニック野菜のみで加工されたサラダパックも販売されている。これらの多くはタイの国内産だ。野菜に限らず、果物やお茶、コーヒーなどもオーガニック表示のものが見られる。ちなみにタイ国内で最もオーガニック栽培が盛んなのはコメである。
日本の場合、有機栽培(有機JAS)認証を受けた野菜の価格は、一般的な野菜に比べると通常より2倍以上することもしばしば。その主な理由は、第一に有機栽培の場合には大規模栽培ができず、手間がかかってしまうこと。そして流通量が少ないため、輸送コストがかさんでしまうこと。さらに有機JAS認証を受けるにもコストがかかることなどが挙げられるだろう。
一方でタイのオーガニック農作物の価格は通常のものと比べても、さほど価格差が感じられなかった。野菜の場合は大体1割から3割増しのものが多く感じた。まずタイのオーガニック認証”Organic Thailand”は、認証を受けるだけならコストがかからないという大きな特徴がある。これは価格を下げている大きな特徴ではないだろうか。
世界には数多くのオーガニック認証が存在するが、基本的に認証を受けるためには年会費がかかる。大抵この年会費には、最低でも日本円で10万円はかかるものと思った方がいいだろう。タイの認証に年会費がかからないのは、タイが国を挙げてオーガニック農業を広げようと取り組んでいることが大きな要因だ。
なぜオーガニックをそこまで求めるのか
日本では有機JAS認証を受けた野菜を、消費者が目にする機会は少ない。それもそのはずで、日本の栽培面積のうち有機農業の割合は0.4%(2010年)と非常に少ないのだ。しかしながらタイのみならず世界的にオーガニックの需要は増加している。特にEUではオーガニック野菜を食べることがごく一般的になっている。
少し前の記事になるが、「インド農業の次なる大きな投資先、オーガニックフード」でも述べたように、先進国のみならず経済発展著しい国においてもオーガニック需要は高まっている。その理由のひとつにインターネットの普及がある。情報にアクセスしやすくなったことで、以前にも増して農産物のトレーサビリティーが消費者の目に行き渡るようになった。そして、農薬を大量に散布している現場などがTwitterやFacebookといったSNSに投稿され、それを見て人々の食への安全の意識が高まっているのだ。
タイの場合はこのほかにも理由がある。タイには中国産野菜が多く輸入されているが、タイ国民の中国産への信頼は薄い。その理由は日本とそう変わらず、中国産食品への安全性が問題視されているからだ。またタイ国内でも、農薬が大量散布されて栽培されているエリアがあるというのだが、タイのスーパーマーケットには産地表示がなされていないものが多い。そのためタイ国内産とはいえど、オーガニック野菜を選んでおけばとりあえず安全は確保されるという国内の事情も、オーガニック需要を底上げしている要因だろう。
そもそもタイは野菜の摂取量が少ない。2007年のデータで、タイ国民の1人あたりの1日の平均野菜摂取量は109.98gと世界平均の225gをはるかに下回っている。そのため、近年タイでは生活習慣病患者が増加しているとの報告もあり、健康への意識が高まっている。そして女性の社会進出が活発なタイでは、働く女性がどうしてもハイカロリーな外食ばかりになりがちなので、美への意識から生野菜が注目されているという。
オーガニック栽培の現場
今回編集部は実際にオーガニック栽培を行っている農場を視察した。
タイの野菜生産が盛んな地域は、主に北部、東北部の地域だ。一方でオーガニック農家が多いのは首都バンコクから車で2時間ほどの地域が多い。日本でいうところの関東地域のような、近郊栽培型モデルだ。バンコクは人口600万人を超える大消費地で、富裕層人口も多く、また東京同様に流行の発信地だ。
下の画像はこれから苗が植え付けられる圃場。周囲の土に比べて色が大きく異なることに気づく。
当然ながらタイの土壌は日本の土壌に比べて肥沃度が低い。この農場のオーナーの話では、この圃場で農業を始めた頃、土壌の炭素含有率は1%を切っていたという。土壌の炭素含有は植物に継続的に養分を補給させるために重要となる。参考までに日本の土壌の場合は3~6%程度の土壌が多い。特に有機栽培の場合は化学肥料を使用することができないので、この指標が重要になる。
この農場では5年以上をかけて土壌の炭素含有率を5%近くまで向上させることに成功。主に牛糞や鶏糞、ワラ、マメ類を原料とした堆肥を、継続的に土壌に投与した結果だという。
オーガニックの認証にコストがかからないとはいえ、ベースとなる土壌の性質が日本と大きく異なるため、難しいポイントは多い。
オーナーにオーガニック栽培の何が一番難しいかと聞いたところ、人材の育成だとのことだった。露地栽培にはもともと人手が必要だが、手間のかかる有機栽培にはさらに人手が必要隣、その栽培方法も特殊なものになる。そのため教育が必要不可欠になる。
タイではオーガニック栽培の普及のため、有機栽培戦略プランを2007年から実施。各地域に専門家がおり、栽培方法などの指導に当たっている。また各地域に有機肥料工場を建設し、必要な肥料を安価に販売することで栽培コストを下げる取り組みを行っている。こうした政府の支援もあって、タイのオーガニック栽培はますます普及しているのである。
EU諸国でも国策としてオーガニック栽培を推奨、支援をしている国は多い。タイもASEANの中で突出したオーガニック農業国になる日は近いかもしれないと感じた。