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【現地取材】拡大するASEANの食肉マーケット カンボジア畜産現場レポート

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2016年に入ってAEC(ASEAN経済共同体)が発足し、今後さらに経済発展が予想されるASEAN。人々の生活水準が向上することで、食生活が多様化してきている。日本が戦後に比べて、1人当たりの穀物消費量が減少し食肉消費量が増大したのと同様、ASEAN諸国でも食肉の消費量が増加している。

今回は拡大するASEAN諸国の畜産にフォーカスし、カンボジアでの畜産現場の取材を行った。

ASEAN諸国の肉事情

ASEAN各国の食肉消費の中心は鶏肉と豚肉だ。ただインドネシアやマレーシアはイスラム教徒が大半を占める国家であることから、豚肉の消費量は非常に少ない。その一方で、近年は牛肉の需要が伸びている。経済成長に伴って国民の生活水準が上昇し、3つの肉の中でも最も高価な牛肉を食する機会が増えたからだ。

国民の生活水準の指標となる1人あたりのGDPは、ASEAN加盟国の中ではシンガポールとブルネイを除いては顕著に増加している。下の図はここ20年のASEAN諸国の1人当たりの年間食肉消費量を示したものだ。ベトナム、ミャンマーにおいては急激に消費量が増大しているのを筆頭に、多くの国で食肉消費量が増加していることがわかる。また今後も多くの国で1人当たりのGDPは増大するものと予想されており、この傾向はしばらく続くだろうと考えられる。今後のASEANの食肉マーケットはまさにホットで魅力的な市場なのだ。

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資料:FAOSTATを基にAGRI in ASIA作成

今回取材を行ったカンボジアは「タイプラスワン」として注目が集まっている。首都プノンペンは南部経済回廊を利用してベトナムの経済の中心ホーチミンまで2時間、タイの首都バンコクまで5時間半の距離にある。このため、将来的に物流の拠点として期待が高まっている。またプノンペンは人口およそ150万人で、1人あたりのGDPも国全体より1000ドル近くも高い。2014年にはプノンペン中心地にイオンモールがオープン。オープンから1年で来館者数は1500万人を突破しているほどの人気スポットとなっている。こうした動きもあり、今後プノンペンは消費地としてもさらに注目を集める都市となりそうだ。

実際の現場

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今回AGRI in ASIA編集部は、カンボジア国内の畜産農場の視察に訪れた。今回訪れたのは首都プノンペンから南へ1時間半ほど自動車で移動したところにある畜産農場だ。

まず案内されたのは肉牛が飼育されている農場。ここではおよそ2000頭の肉牛(ブラーマン種)が飼育されている。

「カンボジアの畜産現場」と言われると、衛生面が気になるという方は多いのではないだろうか。我々もその点についてはかなり興味深いポイントであった。しかし実際に牛舎を見てみると、我々の予想をはるかに超えた極めて衛生的な環境がそこにはあったのだ。まず畜産現場独特の異臭がかなり少ない。そして通路も全て綺麗に清掃されている。衛生面では日本の畜産農場と大差ない環境であった。気温は35度近くあるものの、牛の健康状態も問題なさそうであった。また屠殺前の肉牛がいるきゅう舎を見学することは、衛生上許可されなかった。それを見学するためには全身を消毒し、専用の服に着替える必要があるとのことで、ここが最も衛生面に配慮されているところであった。

衛生環境が良いのは、オーストラリアから生体牛を輸入しているためで、輸入条件を満たす衛生環境を構築しているためだ。またこの現場ではオーストラリア人の畜産コンサルタントが駐在しており、世界最大の畜産国のノウハウが存分に活かされている。

飼料には非常に神経を使っているようであった。しかし日本の多くの畜産農家が配慮するポイントとは異なる。飼料の量や材料、配合は全てコンピューターで管理・調整し、飼料にかかるコストを抑えることを第一に考えているようだ。ロットごとの飼料の減り具合を検知し、次回与える飼料の量を調整するなど、コストカットに工夫を凝らす。とにかくコストパフォーマンスを最優先して、その時期に最も安価な飼料を作れるよう、配合を調整しているのだという。

今回訪問したような大規模経営農場では、こうしたコストカットが非常に重要なのだと強調していた。この農場で生産している牛肉は高品質ではなく、中品質かつ中価格のものを目指しているため、和牛とは飼料に対する考え方が異なるのだ。

肥育も非常にシステマティックで、工業的だ。牛は1頭1頭もコンピューターで体重管理され、その体重に合わせて肥育するエリアを移動していく。この農場では、牛を体重によってステージ1からステージ4まで分類し、それぞれを仕切って肥育している。ステージ4で基準となる体重を越えると出荷段階と判断される。

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コンピューターで飼料の量も管理し、肉牛に与えている。

日本の畜産業より牛の品質、そして飼料の面では劣るものの、飼育方法や衛生面は予想を上回るものであった。日本の牛肉ほどの質の高さは当然ないものの、日本ほど高付加価値の牛肉を消費する人口がカンボジアには非常に少ないのが現状だ。

現在カンボジアの牛肉市場は、高品質のもの、または低品質のものしか出回っておらず、プノンペン市民の所得の増大に伴って高まる中品質中価格の牛肉へのニーズを満たせていないのが現状だ。今後マスマーケットもこうした牛肉を求めるようになり、マーケットが拡大することが見込まれているのだ。

そしてこの農場の中でも驚いたのは、自前のと畜場(家畜を殺して食肉に加工する場所のこと)を建設中で、完成間近であったということだ。そして処理された肉牛は、首都プノンペンへ向かって出荷されるのだという。加工段階を一部自前で持つことで、コストを抑えることが可能になる。

またここには養鶏場も併設されており、約20000羽の鶏が飼育されているとのことだった。ただこちらも衛生上見学はNG。我々の想像をはるかに上回る畜産現場がそこにはあったのだ。

 

今後の食肉マーケットの展望

需要が拡大するASEANの食肉マーケットの波に乗るべく、今回視察した現場のような大規模畜産農場がASEAN地域に増加している。ASEANマーケットの魅力は世界中で認識されており、海外資本のアグリビジネス進出も進んでいる。ASEAN全体で見ると人口増加スピードは衰えてきたものの、まだまだ人口は増加傾向だ。ミドルアッパー、アッパークラスの富裕層も増加傾向で、食肉需要は今後さらに増大するだろう。

そしてカンボジアやミャンマーではまだまだ未発達のコールドチェーンが整備されれば、今後さらなる消費拡大が予想される。こうしたマーケットを狙って、中国をはじめとした海外資本のASEANアグリビジネス展開はますます進むのではないかと思われる。

気がかりなのは、こうした食肉マーケットの急速な成長が与える世界の穀物価格への影響だ。

牛肉1kgに対し必要な穀物は11kg、豚肉1kgに対しては7kg、鶏肉1kgに対して4kgと言われるように、食肉消費量が増加すれば当然トウモロコシをはじめとした飼料穀物の生産量は増えなければならない。一方でトウモロコシを生産する農村人口は今後都市への流出が懸念されている状況で、かつての日本の高度成長期と同様の状況を迎えている。

ASEANの6億人を超える人口は、EUの人口を1億人以上も上回る。食肉マーケットとしては非常に魅力的である一方で、生活水準の向上が世界の穀物価格に影響を与える可能性が大いにある。こうした側面も踏まえて、今後のASEANの畜産には注目していく必要がありそうだ。

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