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【特集】ブラジル農業の鍵を握る穀物物流の裏側と、総合商社の取り組み

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現在、大豆の生産量世界第1位(約96,000千トン)、トウモロコシの生産量世界第3位(約85,000千トン)を誇るブラジルは、世界の穀物生産におけるメインプレーヤーであると同時に、中国の大豆輸入量の約50%を占めており、アジアにおける重要度も極めて高い存在だ。

これからも世界に冠たるポジションを維持していくかに見えるブラジル農業だが、大きな問題を一つ抱えている。それは「物流」だ。

水路、陸路(道路及び鉄道)がそれぞれ整備されているアメリカやアルゼンチンに比して、ブラジルでは異常に高い物流コストが生じており、これが将来的にブラジル農業の首を締める可能性がある。もちろんブラジルの物流は今も大きな問題だが、これからは更に影響が深刻になるという意味だ。このブラジル物流事情について、昨今の総合商社の取り組みも交えながら見ていきたい。

【目次】

  1. ブラジル穀物物流の病巣
  2. 総合商社の取り組みからも見える「ブラジル北部」の重要性
  3. 今後拡大が期待される北部ルートとは

1. ブラジル穀物物流の病巣

ブラジルの農業は南部から始まり、北部に伝播していく形で広がっていった。今ではブラジルの中で最大の大豆・トウモロコシ・絹の生産地であるマット・グロッソ州も、過去はアマゾンの一部であり、農業に全く適さない強酸性土壌であった。そんな土地に、日本の田中角栄元首相がODA供与と人材投入を行い開拓されたという歴史を持つ。

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図1. マット・グロッソ州、サントス港、パラナグア港の位置

地理上の都合とこれらの歴史もあいまって、現在農作物の大半は、サントス港、パラナグア港といった南部の港湾地域から輸出されている。しかし、先に述べたマット・グロッソ州の主要生産地からこれら港湾までは道路にして約2,000kmと遠く離れており、この途方も無い距離を大量のトラックが穀物を積んで運搬しているのが実態である。

この幹線道路は163号線と呼ばれ、ブラジル農業に携わる者で知らない者はいない悪名高き道路である。この道路は基本的に片側一車線であり、トラックが横転した際にはその時点で通行止めとなり、数時間単位の渋滞が発生する。また、2tトラックが大量に往来することから、道路がその圧力に耐えられず、至る所に大きな穴が生じている。それをトラックが避ける際は常に10~20km/時まで減速しなければならず、渋滞を生み出す要因の一つになっている(現在では、舗装により穴は減少傾向にある)。

そのため、マット・グロッソ州から中国まで大豆を輸送した際のコストは、アルゼンチンの約2倍アメリカの3倍と大きな差が生まれている(マット・グロッソ州・アルゼンチン/コルドバ州・アメリカ/イリノイ州から中国までのコストは、順に約USD190/トン、約USD100/トン、約USD70/トン)。これほどまでの高コストにも関わらず、マット・グロッソ州の生産が拡大し続けられるのは、①同地域の土地がまだアメリカ等に比して安く、若しくは、安い時代に進出した農家が多いこと、②土地が極めて平坦であり、効率的な農業が可能であること、③安定した気候に支えられ、大きな減収が起きづらい事、④二毛作が可能であること、といった要因に支えられている。

しかし、最近になってブラジル農業の国際競争力低下につながる環境の変化が生まれている。2015年後半に起きた大豆/トウモロコシ価格の下落により、農家のコスト吸収力が下がっていることや、ブラジルのインフレ率が約10%弱で推移していることなどがその一例だ。このような中で現状の非効率な物流コストが高止まりし続ければ、ブラジル農家の競争力低下は確実なものになる。

2. 総合商社の取り組みからも見える「ブラジル北部」の重要性

さて、ここ数年の日本の総合商社のブラジルにおける農業/物流に関する投資案件を見てみると、以下の通り。

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注1:住友商事は2016年にバイオマス燃料製造事業Cosan社の株式を取得しており、農業とは密接な関係にある事業だが、本レポートの主旨とは離れることから記載していない。
注2:NOVAAGRI社が最近Itaqui港で港湾開発を開始したとの情報あり、○とした。

三菱商事は、今後の農地拡大が期待されるMAPITOBAエリア、その下のゴイアス州を中心に拠点を構え、農業資材販売から種子生産、穀物集荷、港湾への輸送を行っており、上記案件の中でも最もバリューチェーンの長い事業と言える。

三井物産は、バイーア州というブラジル北東部にて生産事業を展開。また、ブラジルの総合資源開発企業であるVale社との強固な関係を武器にその輸送事業に参画、鉱物資源のみならず穀物の輸送にも展開している。

住友商事は、他社とは異なり、同社農業関連部隊の強みである農業資材販売事業に特化した事業展開。同様の事業モデルであるルーマニアAlcedo社のノウハウも横展開し、既に同地域マーケットシェア上位であるAgro Amazonia社の拡大を狙う。

伊藤忠商事、双日はそれぞれ本体の穀物輸出ビジネスに繋げるべく、それぞれ国内集荷事業及び港湾事業を展開し、ブラジル国内でのボリューム確保を狙っているものと思われる。

穀物集荷/物流/港湾に関わる出資案件に色を塗ると、上表の通り、実に住友商事の出資以外は全て穀物輸送に関する投資案件である。これら投資案件のロケーションを地図にプロットしてみよう。

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図2. 総合商社の投資案件ロケーション

注1:Naturalle社の主要地域が不明の為、記載せず。
注2:CGGはSantos港及びその周辺にも港湾設備を持つが、Itaqui港の規模が遥かに大きく、また、双日プレスリリースでItaqui港に強く言及していることから、Itaqui港のみへのPlotとした)

これを見ると、丸紅以外の他社の投資が中部以北に集中していることが分かる。それは、①ブラジル農業の拡大が中西部~東部で起こり、②それによる大豆/トウモロコシ輸出量増に対応するのは北からの輸送ルートが不可欠であるためだ。今後のブラジル農業は北側に掛かっていると言っても過言ではない。

3. 今後拡大が期待されるブラジル北部ルートとは

マット・グロッソ州、及びその周辺地域であるMAPITOBAエリアからの大豆を例に、ブラジルの物流ルートを具体的に見ていこう。現在、マット・グロッソ州で収穫された穀物の輸出割合は北部:南部=1:3であり、依然として南部が重要な役割を担っている一方、南部の港湾拡張余地は限定的であり、北部からの輸出量増が急務な中、現在期待されている3つのルートは以下の通り。

①マット・グロッソ州中央部⇒Miritituba港⇒Santarem港⇒Santana港/Vila do Conde港ルート(陸路:約1,200km)
②マット・グロッソ州東部⇒Maraba港⇒Belem港/Itaqui港ルート(陸路:約1,100km)
③MAPITOBA⇒Itaqui港ルート(陸路:1,300-1,400km)

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図3. マット・グロッソ州とMAPITOBAエリアからの北部物流ルート

①と②は、アマゾナス川を利用して極力水路を利用するもの、③はより陸路を舗装し、MAPITOBA地域の穀物をきっちりブラジルの北東部から輸出するもの、と表現出来る。これらルートが確立されれば、少なくともUSD20-30/tの国内物流コスト改善に繋がると見られており、また道路及びサイロ前における大渋滞も軽減されることで更なるコスト改善が期待されている。

さらに、北部から中国へ輸出する際にはパナマ運河を通ることになるが、パナマ運河は今年の6月26日に拡張工事を終了し、開通した。この新パナマ運河に開通により、年間通航船舶の最大容量は従来の2倍に拡大すると見られており、パナマ運河の通航事情改善に依る、更なる物流コスト減が期待される。

これらブラジル国内物流開発の重要性は疑う余地が無く、これまでの開発計画にも当然含まれていた一方で、前ルーラ政権及び現ジルマ政権において開発計画に対して大きな遅れをとってきた過去がある。そもそもサッカーワールドカップ等で周知の通り、ブラジル人は計画通りに物事を進めるのが非常に苦手な国民と言える(大変失礼だが、残念ながら事実である。ワールドカップ時の完成を目標にしていたにも関わらず、依然未完成の道路や線路が多く見られることからも、言いすぎではないだろう)。

最近ではコンセッションに出すなど、民間の力を積極的に登用することで、開発速度を維持しており、先日もCGGやNOVAAGRIの出資するItaqui港の一部の開発が極めて順調に進んでいるとのニュースも流れているが、その他計画が予定通りに進む保証はどこにも無い。

ブラジルの物流事情は、ブラジル農業の競争力にダイレクトに影響を与え、それが世界の穀物需給、そして穀物価格にも大きな影響を与えることから、常に注視していく必要がある。

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※総合商社による投資先企業URL
Agrex do Brazil:http://www.agrex.com.br/
Multigrain:http://www.multigrain.com.br/
VLI:http://www.vli-logistica.com/en
Agro Amazonia:http://www.agroamazonia.com.br/
Naturalle:http://www.naturalle.com/
テルログ:http://www.terlogs.com.br/en/
CGG:http://www.cggtrading.com/
NOVAAGRI:http://www.novaagri.com.br/

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