人工衛星技術で高まるスマート農業への期待
「人工衛星」というと気象衛星を想像する方も多いのかもしれないが、現在では200以上の軍隊と関係ない人工衛星が地球を観測している。この技術を農業分野に生かそうとする試みが始まっている。技術革新に伴い、人工衛星を軌道に乗せることのコストは大きく下がってきている。そしてより多くのデータを取ることができるようになり、この恩恵を受けようと目論む農家も増えているのだ。
スマート農業への期待
気象予想の正確さは農家が人工衛星を使うメリットではあるが、それはそのうちの1つにすぎない。農家にとっては土壌の質のモニタリング、養殖業にとっては水温の把握に人工衛星を使うことができる。このようにテクノロジーとデータを使って農作業の効率を上げていく手法を「スマート農業」と呼んでいる。
農家は栽培している作物の健康状態についての情報を人工衛星からのデータで把握する。健康な植物は光合成のために光を吸収し、赤外線を反射する。圃場を普通のカメラと赤外線カメラで観察することにより、人工衛星はウィークリーの、ないしはデイリーの作物の状態の情報を農家に提供する。こうすることで農家は必要なところにだけ肥料を与えたり、他の処置をしたりすることができる。
無人の農業用車両も畑を耕したり種をまいたりする際に、global navigation satellite systemsを使ってコントロールすることが可能で、かつ土地を無意味に往復することも削減できる。これは土壌が圧迫によって硬くなってしまうことを防ぎ、それゆえ引き起こされる低い収量になることも避けることができる。
人工衛星による位置情報管理の技術は、家畜を観察し、管理するのにも役に立つ。Scotland’s Rural College(SURC)では、”virtual fencing”というものに取り組んでいる。特別な首輪の付いた牛が除外ゾーンにいる時、牛が嫌がる音を発してそのゾーンから別のゾーンに移動させるのだ。
このvirtual fensingは家畜を特定のエリアにとどめておくだけではなく、有害な雑草の生えているエリアなどの危険から守ったり、牧草が枯れていて新たに生え変わっているエリアに立ち入らせないようにしたりするなど、畜産業に柔軟なアプローチができる。農場は年間数万ポンドをワイヤーの取り付けや修理、交換や、壁や垣根に費やしてきた。しかしvirtual fencingの技術はこのコストを削減できるのだ。
アスパラガスやサーモンのモニタリング
イギリスの野菜を扱うBarfoots of Botley 社はペルー産のアスパラガスを輸入しているのだが、二酸化炭素排出料の削減を目的に空輸ではなく船で輸送している。ここで問題となるのが船で輸送することによる輸送期間の問題だ。およそ3週間かけて運ばれるアスパラガスを良い状態で輸入するためにモニタリングする必要があった。
そこで、試験的にペルーから運ばれるアスパラガスを人工衛星を使ってモニタリングすることにした。このプロジェクトはコンテナ内の温度や湿度を含めた船の中での位置を中継する人工衛星を使う、Satellite Applications Catapult社と共同で行った。この人工衛星のおかげで、Baroof社はコンテナがどこにあるのか、到着するのがいつなのか、生産物の状態は良いかといったことを知ることができるようになった。これにより、企業側は実際にアスパラガスが店頭に並んだ時にどのぐらい良い状態を保てるかを把握することができるようになった。
養殖業でも人工衛星技術は大いに役に立つ。スコットランドのサーモンの養殖では人工衛星を有害な藻類の発生のモニタリングや、潜在的な問題を早い段階で対応するのに用いている。
人工衛星データを誰もが入手できるように
人工衛星の打ち上げにはまだコストが高いが、下がってきてはいる。これは人工衛星の集合体(マルチサテライトシステム)の新たなマーケットであり、このアプローチに着手している宇宙産業企業はハードウェアを開発・生産する企業としてではなく、データ提供会社としてサービスを直接農家に提供している。
サンフランシスコのPlanet Labs社はより費用対効果の高い人工衛星技術にアプローチしている会社のひとつだ。CEO、ウィル・マーシャル氏は農業だけで生計を立てる農家の誰もが人工衛星のデータを入手できることを望んでいる。彼は45の小型地球観測衛星を保有している。これらマルチサテライトシステムの多くは、他の企業からオンラインで接続されている。
GPSにとっての新たなライバル
国家レベルで見れば、世界中で多くの農業に関する新しいプロダクトやサービスが生まれている。人工衛星による位置情報に関しては、アメリカがGPSを持っているのに対し、EUには独自で開発中のGalileoがある。これは初めての民間運営のシステムで、正確性の向上と情報入手のしやすさについては折り紙付きだ。もちろん農家にもオープンだ。
EUは地球観測の多くのミッションの取り組んでいる。2014年に初めての人工衛星を打ち上げ、今年の6月にはフランスで2機目が打ち上げられた、人工衛星打ち上げプログラムCopernius programeeで打ち上げられた人工衛星は、レーダーで大地と海を可視化する。海洋の予報や環境や気象の予報に特化した最新の人工衛星Sentinel-3Aは、今年の12月に打ち上げ予定だ。Copernicus programmeのデータはすべて無料で入手することができ、新たな情報ツールとして農家や食料生産業者に加えられるものになるだろう。
イギリスでは、政府が“satellites to improve agri-food systems”と呼ばれる3.75百万ポンド(約6.95億円)をかけたコンテストを行い、イノベーションに関する研究と発展に投資する考えだという。