Forbes AgTechサミットに参加して感じた米国AgTechのトレンド
2017年6月28, 29日に米国カリフォルニア州サリーナスで開催された2017 Forbes AgTech Summitの模様を踏まえ、シリコンバレー含む米国AgTech動向についてレポートしたい。このサミットは毎年開催されており、今年は3回目となる。市場にはClimate CorporationやFarmers Business Network, FarmLogsなど、ある程度成長したAgTech企業が登場してきているなかでの開催となる。今回参加して特に、持続可能なAgTechビジネスのため、生産者への価値提供を大前提としながら周辺企業/産業もターゲットにしたマネタイズに向かっている、と感じた。その背景、各社の動きなどについて紹介したい。
# なお本サミットに向けてTHRIVE(アクセラレーションプログラム)が開かれました。会場では最終選考に残った10社(応募は136社!)が展示をしていましたので、その概要メモについて本記事をシェア頂いた方に共有します。多数の専門家・アドバイザーに揉まれた彼らのサービスや狙いが、日本でのAgTech企画において一助となれば幸いです。展示会場でのヒアリングベースなので誤認している箇所もあるかもしれませんが、ご容赦ください。
1.Forbes AgTech Summitについて
米国だけでなく世界中から生産者、農業関連事業者、AgTechのスタートアップ、大学関係者、VCなどが集まっている。パネルディスカッションとアクセラレーションプログラムに参加したスタートアップのショーケースで構成される。これまでサリーナスで毎年開催されているが、その理由として、カリフォルニア州のなかでも特に野菜、果樹の栽培が盛んであること、またシリコンバレーの南端からも車で1時間ほどのアクセスであること、が挙げられていた。大学(UC)や行政関係者の登壇セッションもあり、地域としてAgTechを盛り上げようという狙いが感じられた。
2. イベントの中で見られたトレンド
(i) 変革を意識する化学/種苗企業、流通企業
パネルディスカッションの1つには”Retail Disruption: Changing Path to the Consumer” と題されたセッションにCostcoを始めとする流通業者が登壇するなど、既存の農業周辺産業の危機感ならびに彼らにとってのAgTechスタートアップの付き合い方が論じられた。デュポン・モンサント・バイエルの揃った化学/種苗会社のセッションでは「変わらねばディスラプトされうることを我々は自覚しなければならない」と主張され、スタートアップの取り込みや業界内での協業に積極的なスタンスが示された。流通サイドのセッションではCostcoやRaley’sといった企業が登壇し、フードセーフティ・オーガニック・コンビニエンス(パックサラダ)への対応がトレンドとして挙げられた。フードセーフティへの対応ニーズの高まりが論じられており、オーガニック市場も特にカリフォルニアを中心に成長著しく、それぞれ流通サイドとしては無視できないテーマとなってきている。またパックサラダへの対応ではインドア農業への期待が述べられるとともに、カナダ施設園芸の台頭が危惧されていた。こうした事業会社にとってAgTechスタートアップは脅威でありながらも、協業したい存在として認められ始めていることが伺えた。
(ii) 生産者から見たAgTechはまだまだ?
パネルディスカッションの中には生産者の登壇枠もあり、その生産者は「実はスマートフォン以上のテクノロジーは現在利用していない」と発言していた(ロボティクスの文脈だったが)。別のセッションでは、現状のAgTechについて、”Data-Rich, but Information-Poor” という課題提起もあり、”Machine Learning, Deep Learning”という言葉は飛び交うものの、実態としては生産者の意思決定に役立つ具体的な情報までは提供しきれていないのでは、という認識が伺えた。またアメリカ特有の事情だが、州によってテクノロジーへの関心度合いが異なるらしく、カリフォルニア州では使われても別の州では全く理解されないことも想定されるそうだ。
(iii) 新たに4千万ドルを調達したFarmers Business Network (FBN) に見られる事業範囲の拡大
一方で、800万エーカー(=324万ha)まで順調にユーザー数を増やしているスタートアップとしてFBNがVCとともに登壇した。FBNはGoogleVenturesから出資されたことで日本でも注目されたが、その後さらに事業の幅が広げている。この6月から生産者とバイヤーのマッチングサービスを開始すると発表し、その以前には生産者へのファイナンスサービスも開始している。生産者向けの圃場管理・経営分析のための記録・可視化・比較サービスとしてユーザーを集めたうえで、より広いサービスを提供し、また他の事業者も巻き込みながら収益をあげる方向に移りつつあるといえる。
(iv) サプライチェーンや生産資材供給プレイヤーを巻き込むビジネスモデルへ
ショーケースではThriveのアクセラレーションプログラムに参加したアーリーステージのプレイヤーが展示を行っていた(本当に企業化するかステージは不明だが顧客をすでに持っているプレイヤーも多かった)。上記FBNのように、生産者向けにサービスを提供しながらも顧客は生産者と周辺企業と定義するプレイヤーが目立つように感じる。例えば、生産者向けの圃場環境・生育センサーを提供しつつも顧客を種苗会社としているArableや、ドローンの圃場モニタリング費用を流通業者(輸出業者)が支払うというUAV-IQ、生産者と流通業者が紙でやり取りしている情報を営農管理ソフトから抽出した共通データでやり取りし、その利用料を流通業者にもチャージするiFoodなどが特徴的であった。
(v) 他社サービスを統合するサービスの登場
AgTech普及の先を睨み、他社ソフトウェアが取得したデータの活用を前提とするサービスも見られた。イタリアのEZ-Labは営農管理システムが取得したデータをブロックチェーンにて川下から遡れるよう管理するサービスを提供している。サービス利用料は流通側(現在はワイン業者)から得ている。またブラジルのagrosmartはインターネットのカバー率が低いラテンアメリカでも農機やドローン、管理ソフト間でデータをやりとりできるイントラネット構築と全体管理のためのソフト、必要に応じてセンサー類を提供し、ラテンアメリカを中心にユーザーを獲得しているという。パネルディスカッションに登壇していた500Startupsの出資先の1つであるOnFarmや上述のFBNも様々なAgTechサービスのデータを統合して利用できることを強みにしている。
3. 米国AgTechトレンドに関する考察
FBNの事業範囲拡大の動きやショーケースに登場していた企業のビジネスモデルを鑑みるに、生産者だけをターゲットにビジネスモデルを考えるのではなく、周辺事業者も巻き込んだモデルが主となってきているようである。特にフードセーフティ・オーガニックなどのニーズに応える流通側に目を向けたモデルがカリフォルニアでは増えそうである。ただ大前提として多くの生産者にリーチできていることが周辺事業者を巻き込むうえでも競争力となるので、まず生産者にとって使う意義のあるサービスを提供できることが入口となる(下表)。そして最初のユーザーを増やすフェーズにおいては、戦略的に製品/サービスを安価に提供していく考え方も重要になるだろう。一方、農機作業管理/アシストや灌水自動化といった生産者の作業に直接便益をもたらすサービスは、シンプルに生産者に課金するモデルを採用しているようである。
※上図はパネルディスカッションにてサービス内容に言及した企業ならびにショーケースにてヒアリングできた企業に関して情報を掲載しています。そのため、すべてのイベント参加企業を網羅できていません。また現地でヒアリングできた範囲の情報となるため、ヒアリング時の誤認ならびに将来的なビジネス転換に伴う実態とのズレが発生する可能性があります。ご了承ください。
4. 日米AgTechの比較(仮説)
各農業経営体の規模が米国より小さい日本では、より生産者のみに課金するサービスが成立し難いと想定され、自社と生産者、周辺企業でWin-Win-Winとなれるサービスとすることが打開策になると考える。日本経済新聞主催で2017年2月ならびに5月に開催されたAG/SUMハッカソンならびにサミットでは、特に金融機関(融資・保険・投機など)と農業をつなぐサービスの発想が求められていた。こうした農業市場向けに新たなサービスを見出そうとしている周辺企業のニーズ、悩みを仮説立てながら、生産者に対して価値あるサービスを(価格面など)戦略的に打ち出していくことが、日本で持続可能なAgTechサービスを展開する上で特に求められると考える。
# 記事をお読み頂いてありがとうございます。上記で触れた企業のほかにTHRIVE(アクセラレーションプログラム)の最終選考に残ったスタートアップについてサービス概要メモを本記事をシェア頂いた方に無料公開します。彼らのサービスや狙いが、日本でのAgTech企画においても一助となれば大変幸いです!