農業の新たな通貨としてのデータ(1/3)
Editors Note: This article was originally published on AgFunderNews, the online publication of AgFunder an investment platform for food and agriculture technology
筆者のJoseph Byrum氏はSyngenta社において、R&D部門ならびにマーケティング戦略の役員を務める。本稿は彼が農場から生み出させるデータの発展性について語る3部連載の第1部にあたる。
農家は基本的には新技術の現場適用に柔軟で、多くは効率性を高め、競争力を持たせ、利益をもたらす先進技術のアーリーアダプターである。彼らは農場から生み出されるデータの活用方法を学びつつあり、政府のような他のリソースからもはるかに多くのデータを利用している。データは農業の新たな通貨となりつつある。
この傾向は、すでにデータが業務に不可欠となっている他産業でも見られる。データ無しには、またそのデータを効果的に扱う技術無しには、今日の移動・輸送手段、通信ネットワークなどは成立し得ない。
データは私達の生活の中心的な位置を占めるものの、そのコンセプトはあいまいで定義は難しい。「データ」の同義語には「事実、数字、統計情報」といったものが含まれる。これらは定量化したり、集計・分析できる情報を指している。しかし「データ」には単なる統計情報を超える力が秘められている。
情報システムが実用化されるにつれてデータは、複数の科学分野から重複して利用され、複数の産業の異なる事象を説明できるようになる。その中で、業界が取り込み、測りたいと考える情報の範囲は拡大し、データはさらに有用なものとなる。
農業においてデータは、シーズンごとの洞察を提供するオラクルの役割を果たしてきた。また程度の差はあれ、保険や融資、商品取引にもデータは活用されている。
より直近では、精密農業やAgTechといったトレンドが、農家に対して農場や作物のデータを収集・処理・分析できる農業用デバイスやソフトウェア、その他の革新的ツールを提供するスタートアップの動きを後押ししている。この驚くべき技術開発のペースのもとで農家はその選択肢に困惑する状況に陥っている。2015年にはAgTechへの投資は過去最高の46億USドルを達成した。2016年の投資額はやや控えめだったものの、2017年にはわずか2週間のうちに8,400万USドルがAgTechに投資されたとAgFunder社が報告している。
このような大きな投資への関心は、データそのものに商品価値を見出す業界プレイヤーからもたらされている。
データに商品価値を見出すという考え方に関して、今年のはじめにDell EMC Services社のCTOを務めるBill Schmarzo氏は、新たな通貨としてのデータの経済概念について詳述している。彼はデータを通貨と比較して説明している。あなたがスターバックスのバリスタに10ドルを渡してもその10ドルは消えない。代わりにスターバックスのマネージャーは流通業者からコーヒー豆を購入するのにその現金を利用する。流通業者は生産者に支払って、生産者は投入資材に支払う。これは経済用語で「乗数効果」と呼ばれる。
通貨と同じようにデータも使い捨ての品ではない。データは「ネットワーク効果」として説明できる乗数効果を持つ。
Schmarzo氏の洞察は、農家と農産物チェーンが通貨としてのデータを適切に評価することで彼らのビジネスを改善できる方法を明らかにする。
農業における通貨の概念
通貨としての農産物の概念の登場は創世記、貧しい奴隷の立場からファラオの下でエジプト全土の管理者となった賢者ヨセフの物語まで遡る。
豊かな時代の高官としてヨセフは、ナイル川流域の肥沃な地域を襲うひどい干ばつを予測して土地を荒廃から救った。彼は夢の中で啓示を受けた一連の情報に基づいて行動することで、可能な限りの穀物増産と穀倉が溢れるまでの収穫物保管を命じた。
その土地を干ばつが襲った時、エジプトならびに近隣諸国の人々はファラオのもとを訪れて食料を嘆願した。そのためヨセフは彼らに食料を売ることができた。干ばつが続くにつれて人々はお金を使い果たしてしまった。そこでヨセフは彼らの家畜と引き換えに穀物を販売した。飢饉からの回復が見込めなくなってくると、人々は再び食料を求めて戻ってきた。ヨセフは彼らの土地と引き換えに穀物を販売し、地域全体をファラオのコントロール下に統治した。
この物語は農産物の通貨としての利用を効果的に示している。ヨセフは一連の夢を通じて干ばつの情報を得た。彼はその情報(「データ」)をまず穀物の通貨に影響を与えるために利用し、その後ファラオが地域の財産と土地を統治できるよう乗数効果的に利用した。
今日では、農産物の価値はグローバルな需給予測の影響を受けている。爆発的な人口増加と経済成長のもとで農産物の備蓄は大きなビジネスとなりつつある。その結果、商品投機にかかる情報は非常に魅力的なものとなっている。
農家は不安定な商品価格形成に対して十分な策の無いまま直面することが多い。そのため、情報やデータを収益を確保するための価値あるものと捉えることができる。
農家は自分たちの生み出すデータが、市場の予測可能性と安定性を高めることで、より大きな収益を上げるために役立ちそうであることを直感的には理解している。しかしながら、生産チェーンの他の部分と同様に、それを具体的に実現する方法はまだ分かっていない。
データの精製がカギ
Schmarzo氏のブログでは、モノが通貨となる前段階としてコモディティ化が必要と説明している。この点を説明するために彼はマーケティングの第一人者であるMichael Palmer氏に言及している。Palmer氏は石油を例に説明している。精製された商材として石油は通貨と同様の価値を持つ。データは石油と同様に一度精製されると有限の通貨価値しか持たない。精製はデータを役立つものにするとともにコモディティ化する手段であり、データに実際の価値を付与するものである。
農家にとってのデータの価値は、生産中の作物に対して資金を投入する上での意思決定材料として活用できることである。またデータはスターバックスが農家からコーヒー豆を購入する際にバリューチェーンに支払う10ドルに対しても影響を与えうる。さらにデータは各農家のもつ市場や消費者へリーチする能力をもって農家自身と差別化することも可能にする。
農業現場から生み出されるデータを消費することの本質と目的を疑問視する農家もいるのは不思議ではない。農家は農家から提供されるデータの乗数効果が、より効率的なリソース管理や効果的なサービスを実現可能にし、彼ら自身に利益をもたらす方法を知りたいと考えている。
業界の課題は、受益者であるべき農家からデータを集めて情報のやりとりを可能にすることである。そのために農業生産チェーンに内在する階層の複雑さが技術適用のボトルネックとなっている。
同時に多くの企業が農家に対して、独自のデータ収集と分析の機能を有するソリューションを販売しようと試みている。データをどのように自身の事業に活かせるかを決め兼ねている農家は、その業界全体への重要性を認識しながらも、各社の異なる主張を前に実際にどうデータが活用できるか見極めようとしている。
他の産業と同様に農業もデータの時代に推し進めるために私達はこの課題に取り組む必要がある。つまり農家自身がデータを活用して農産物の生産と販売を取り巻く環境に対して適切に対応がとれる立場になっていくことを示す。農家のためのデータの真の価値は、ヨセフのエジプトの農民のように農場の管理を失うことなく、生産・販売の環境に適応できるようになることにある。
もしデータを新たな石油と見なすならば、農家が経済的便益を得られるような経済原理を具体化する必要がある。
この3部連載の次回(第2部)では農家の視点から、今は農業生産の副産物と位置づけられるデータをいかに生産チェーン内のすべてのステークホルダーにとって価値あるもに変えていくか、について検討する。
Link: https://agfundernews.com/what-is-precision-agriculture.html