農業×国際協力×タイ: 国際開発コンサルタントに聞く!(Part 2)
タイを中心に活躍する国際開発コンサルタントへのインタビュー記事の後編では引き続き、国際開発・SDGs/持続可能な開発目標達成には欠かせない、「農業開発」「農村開発」という切り離し不可能なこの重要セクターについて紹介したい。
Part1 の冒頭で触れたとおり、開発コンサルタントとは専門分野を持ち、主に開発途上国の発展に必要なプロジェクトでコンサルティングサービスを提供する職業である。今回は引き続き、タイを中心にコンサルティングサービスを主軸にサービスを展開するIC Net Asiaの岩城様から、Part2では特に「農業」というトピックに焦点を置きつつ、
●タイの農業の良い側面と、その一歩で抱える課題、
● それら課題解決のために何が必要か、
について語っていただく。
Part1をご覧になられていない場合は是非こちらも合わせてお読みください。
IC Net Asia様オフィスにある一村一品プロジェクトの産品
Q: SDGsの目標2 “飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する”と比較すると、タイはどれくらいの達成度にあるとお考えですか?
基本的にタイは農業国で食べることに困ったことがない国なので、「飢餓撲滅」「食料安全保障」「栄養」については高いレベルにあると思います。一方で、農業従事者の確保などの懸念もあり、農業が「持続可能」かどうかは疑問が残ると思います。
Q: どのようにして農業はタイの経済発展に貢献してきたんでしょうか?
国土の4割以上が農用地で、農業分野の就業人口も、減少してはいるものの、まだ40%近くになります。農業セクターのGDPは全体の10%程度にまで落ちてはいますが、食品加工業などの関連産業も含めれば、貢献度はより大きくなるでしょうね。食糧の都市部や産業地帯への供給と同時に、農業分野でのプラスを政策的に他の産業の開発に投資してきた結果、今のタイがあるといえるでしょう。将来に目を向けても、タイの農業はまだ発展のポテンシャルを秘めていると思います。
農村もタイの経済成長を支えてきました。農産物の生産はもちろんですが、タイ経済を飛躍的に成長させた製造業の発展には、農村からの労働力の供給が不可欠でした。農村に子供を置いて両親が出稼ぎに行ける環境があったことも農村コミュニティのタイ経済への大きな貢献といえると思いますし、例えば1997年に発生したアジア通貨の際は、農村部が景気低迷の影響を緩和する緩衝材の役割を果たしたと言われています。
Q: それでは、タイ農業が抱える課題はどのようなものなのでしょう?どのようなアプローチでそれらに取り組めるとお考えですか?
①人手不足、②適切な農業の実践、③新たな価値の創造の3つの課題があると思います。
●1つ目が人手不足の問題です。
農業には人が足りていません。日本と似ていますが、農家は高齢化し、農業の担い手が足りなくなっていて、周辺国からの外国人労働者でしのいでいるという状況です。経済的効率や比較優位の観点から製造業に農業の余剰人材を回すべきと言われますが、農業でも人は不足しています。
ではどうするべきかとなると、まずは省人化で、人をできるだけ使わずに生産・加工・管理ができる技術の開発や導入が必要になってくると思います。この分野は日系企業の得意分野ですので、いろいろなビジネスチャンスがあるかもしれません。もう一つは、簡単ではありませんが、若い世代に農業の魅力を感じて参入してもらうことでしょうか。日本の農家や農業法人のアジア進出も考えられると思います。でも、もちろん覚悟は必要です。日本とアジア(タイ)の農業は大きく違いますから。
●2つ目の課題は適切な農業の実践にあると思います。
タイはこれまでの実践から農業の経験知が豊富ですが、生産性改善のための余地がまだまだ残されていると思います。例えば、肥料ひとつとってみても、入れ方、成分、タイミング、量などが挙げられます。こちらでは自分たちの感覚を頼りに作業する農家が多いですが、もう少し体系的に取り組むことにより生産性の向上やコストダウンが考えられるのではないかと思います。別の例として、水田の均平化(凸凹を少なくすること)が挙げられます。均平化されていないと、稲の生育がまだらになってしまいます。農家の中には均平化の重要性ややり方も知っているけれど、費用対効果を理由にほどほどで済ます方もいます。このあたりにも生産性向上の可能性が残されていると思います。
タイでは農家が正しい情報や新しい方法にアクセスする仕組みが、まだまだ弱いと思います。政府が「スマートファーマー」を提唱して農家の学びと農法の改善を促しており、優れた技術を持つ日本の農業が協力できることも多々あるように思います。
●最後に、新たな価値の創造です。
タイでは昔ながらのやり方で農業を行う農家が多く、新たな作物の栽培や栽培方法に挑戦して付加価値を生み出すような斬新な農家はまだ少ないと感じます。ただ、その中で、新たな試みを行う比較的若い農家も見られるようになってきています。例えば、タイ中部のスバンブリ県ノンヤサイ郡にある知り合いの農家では、これまで栽培していなかったマスクメロンの栽培を始めました。試行錯誤を繰り返しながら栽培方法を確立し、今では行政が郡の名前をとって「ノンヤサイモデル」として評価するに至っています。
スバンブリ県で新しく作られ始めた「ノンヤサイモデル」マスクメロン
(ご提供: IC Net Asia 岩城様)
メロン栽培用のビニールハウス (ご提供: IC Net Asia 岩城様)
この農家さんによれば、メロンは米やサトウキビなどの主要作物に比べて管理が大変だけれども、経済的な利益も享受することができていて、栽培面積や栽培する農家グループのメンバーが年々増えているそうです。
こうしたチャレンジ精神のある農家が増えていけば良いと思います。農業分野でチャレンジ精神や起業家精神を発揮する場は、生産に限らず、流通、マーケティング、アグリツーリズムなどでも考えられるでしょうね。タイの農業にはいろいろなことができるポテンシャルと魅力があると思います。
タイ政府が提唱し支援している「スマートファーマー」に後押しされながら、若い世代の人たちが農業に魅力を感じてくれるといいと思います。ICTを使った農業(e-agriculture)も大きな可能性があるでしょうね。また、タイは工業化が始まってまだ数十年で、今後はこれまでは存在しなかった企業の定年退職者が出てきます。こうした方々の中に民間企業での経験を生かして地元で農業/農業関連ビジネスを始める人が出てくる可能性もあるかもしれません。
農業分野での新たな価値の創造のために、農村と都市の人々の交流がより活発になればよいと思います。タイにいる方は体感していると思いますが、バンコクと地方では生活環境が大きく異なります。有機野菜の直販や週末農園などを通じて都市の人の農業に対する意識が高くなり、また農家が都市のニーズを把握しながらユニークなサービスを提供できるようになれればよいと思います。その中で起業マインドのある若者が農業に目を向けてくれることも期待できます。こうした動きの先に、タイでも人気の高い日本産のリンゴや和牛のような、タイ発のブランド農産品が出てきたらいいのではないでしょうか。
Q: 最後に日本からタイへの進出を考えている農業関連企業や農家、農業やコミュニティ開発を学ぶ学生についてメッセージをいただけますか?
企業・農家さんに
日本の農業には、タイで活かせるような豊富な経験やノウハウがあると思います。また、タイには日本の農業家をわくわくさせるような魅力もあると思います。ただ、前述の通り、農業のやり方や自然環境が大きく違うので、日本のやり方をそのまま持ち込むわけにはいかないでしょう。まずは現地で何が求められているか、何ができるかを十分に把握した上で、それにご自身の強みを擦り合わせていくようなアプローチが必要になると思います。もし何かお手伝いできることがあればばご連絡をください。
また、昨今CSV (Creating Social Value)が脚光を浴びており、企業が製品/サービスの機能・品質・価格に加えて、社会課題への対応をビジネス戦略に取り込んで企業価値を高めようという動きがあります。民間企業がタイや周辺国の農業分野での課題をビジネス機会として捉え、その課題に対応していくことも考えられます。市場を開拓する新たな製品/サービス作り、バリューチェーン/サプライチェーン改善などに、民間企業のアイデア・技術・ノウハウが活かされることを期待したいと思います。
学生さんに
まず日本の農業や地域開発をよく知ることをお勧めします。日本にはこうした分野での沢山のノウハウが蓄積されています。また、相手にその国のことを聞くのであれば、自国のことをしっかり説明できないといけないと思います。特にタイの皆さんは、日本の状況や経験に高い関心を持っていますからね。日本とタイでの状況や経験を比較することで浮かび上がってくる課題もあるので、その意味でも、まずは日本の経験をよく学ぶことが大切だと思います。
以上Part 2では、IC Net Asiaの岩城様から、タイの農業が直面する課題やそれを解決するかもしれないソリューションの提案、日本での農業関連者へのメッセージを頂いた。抽象的な話題もあったが具体例もあったので分かりやすかったのではないだろうか。
現地で長年、農業をコンサルタントとして眺めてきた方からのお話だったので、客観性が担保されつつ体験ベースの話をいただき、非常に説得力があるインタビューであった。農業そのものへの関心が低くとも、一国の発展にどれだけ農業/農村が重要なのか、改めて理解する機会となっただろう。
この場を借りてインタビューに時間を割いていただいた岩城様には心から感謝を申し上げたい。
農業開発と農村開発の違いや岩城様のプロフィール、タイでのお仕事例など基礎情報はPart1に記載しているので是非ご覧いただきたい。